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京都地方裁判所 昭和60年(わ)942号 判決

本籍

京都市中京区猪熊通蛸薬師下る下瓦町五九一番地

住居

同区柳馬場通竹屋町上る四丁目一九五番地

司法書士

松本善雄

昭和八年一〇月二七日生

右の者に対する所得税法違反、相続税法違反被告事件について、当裁判所は検察官福嶋成二出席の上審理し、次のとおり判決する。

検察官 大谷晴次 出席

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万五〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三五年以来、京都市中京区柳馬場通竹屋町上る四丁目一九五番地に松本善雄司法書士事務所を設け司法書士業務を行ってきたものであるが、遅くとも同五七年一二月ころには、全日本同和会京都府・市連合会が納税義務者から納税手続の委任を受けて脱税をさせ、カンパ金名下に多額の金員を受領している旨熟知するに至りながら、これに加担して報酬を得ようと考え、

第一  乗越清一、前記連合会会長鈴木元動丸、同事務局長長谷部純夫及び同事務局次長渡守秀治らと共謀の上、右乗越がその所有する京都市西京区桂乾町一三番一の宅地、建物を同五八年六月二八日一億五〇〇〇万円で売却譲渡したことに関して右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、右乗越の実際の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一億四一〇三万五一二五円で、これに対する所得税額は三九二五万七八〇〇円であるにもかかわらず、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から一億八〇〇〇万円の借入れをし、その債務について右乗越が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同五八年八月一〇日一億三〇〇〇万円履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五九年三月一四日、同市右京区西院上花田町一〇番地の一所在所轄右京税務署において、同署長に対し、右乗越の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一一五〇万円、総合課税の総所得金額は一〇七万五〇〇〇円で、これに対する所得税額は二二八万七六〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額三九二五万七八〇〇円との差額三六九七万〇二〇〇円を免れ

第二  中村春造、前記鈴木元動丸、同長谷部純夫、同渡守秀治、前記連合会副会長村井英雄、鐘紡不動産株式会社(同五九年五月「カネボウ不動産株式会社」と社名変更)常務取締役山中隆雄及び同社に委託されて土地買収交渉をしていた株式会社エクダム代表取締役惣司定次郎らと共謀の上、右中村がその所有の大津市瀬田月輪町字中筋四一〇番地ほか五筆の田及び畑を同五八年一二月一三日右鐘紡不動産株式会社に合計二億八五四四万円で売却譲渡したことに関して、右譲渡にかかる右中村の所得税を免れようと企て、同人の実際の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は二億七〇一六万八〇〇〇円、総合課税の総所得(農業所得)金額は一二万一〇〇〇円で、これに対する所得税額は八七四八万七五〇〇円であるにもかかわらず、前記ワールドが前記同和産業から四億円の借入れをし、その債務について右中村が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同五九年一月二〇日に二億四〇〇〇万円履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五九年三月一五日、同市中央四丁目六番五五号所在所轄大津税務署において、同署長に対し、右中村の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は三〇一六万八〇〇〇円(ただし、租税特別措置法三四条の二の適用誤りにより一五一六万八〇〇〇円と記載)、総合課税の総所得金額は一二万一〇〇〇円で、これに対する所得税額は五八六万四八〇〇円(ただし、租税特別措置法三四条の二の適用誤りにより二八六万四八〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額八七四八万七五〇〇円との差額八一六二万二七〇〇円を免れ

第三  掛川きみ子、前記鈴木元動丸、同長谷部純夫及び同渡守秀治らと共謀の上、

一  右掛川きみ子が同女の所有する京都府宇治市志津川南詰八番二ほか三筆の宅地などを同五七年一二月二七日三六〇万円で売却譲渡したことに関して、右譲渡にかかる右掛川の所得税を免れようと企て、右掛川の実際の五七年分分離課税の長期譲渡所得金額は八七〇八万三六五六円、総合課税の総所得(給与所得)金額は二三二万二〇〇〇円で、これに対する所得税額(ただし、源泉徴収分を除く、以下同じ)は二一九五万一三〇〇円であるにもかかわらず、前記ワールドが前記同和産業から九〇〇〇万円の借入れをし、その債務について右掛川が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同月二八日七〇〇〇万円を履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五八年三月一五日、京都市左京区聖護院円頓美町一八所在所轄左京税務署において、同署長に対し、右掛川の五七年分分離課税の長期譲渡所得金額は一三〇一万〇〇七二円、総合課税の総所得金額は二三二万二〇〇〇円で、これに対する所得税額は二六二万四九〇〇円(ただし、長期譲渡所得にかかる所得税額の計算誤り及び住宅取得控除の適用誤りにより二五八万三九〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額二一九五万一三〇〇円との差額一九三二万六四〇〇円を免れ

二  右掛川きみ子の亡夫掛川庄五郎と先妻との間に生まれた長男掛川榮一がその所有する京都府宇治市志津川南詰五番ほか三筆の宅地を同五七年一二月二七日九五〇〇万円で売却譲渡したことに関して、右掛川きみ子において右掛川榮一の代理人として右掛川榮一の所得税確定申告をするにあたり、右譲渡にかかる所得税を免れさせようと企て、右掛川榮一の実際の五七年分分離課税の長期譲渡所得金額は八八一〇万〇二八七円、総合課税の総所得(給与所得)金額は二八四万六〇〇〇円で、これに対する所得税額(ただし、源泉徴収分を除く、以下同じ)は二二二五万〇二〇〇円であるにもかかわらず、前記ワールドが前記同和産業から九〇〇〇万円の借入れをし、その債務について掛川榮一が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同月二八日七〇〇〇万円履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五八年三月一五日、横浜市保土ケ谷区帷子町二―六所在所轄保土ケ谷税務署において、同署長に対し、右掛川榮一の五七年分分離課税の長期譲渡所得金額は一四二六万六六三三円、総合課税の総所得金額は二八四万六〇〇〇円で、これに対する所得税額は二八五万三二〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額二二二五万〇二〇〇円との差額一九三九万七〇〇〇円を免れさせ

第四  近藤傳治郎、前記鈴木元動丸、同村井英雄、同長谷部純夫、同渡守秀治、同山中隆雄及び惣司定次郎らと共謀の上、右近藤がその所有の大津市一里山五丁目字丸尾一六二七番地ほか五筆の畑及び田を同五八年一一月二一日及び同年一二月一三日前記鐘紡不動産株式会社ほか一社に合計一億七四四四万四七〇〇円で売却譲渡したことに関して、右譲渡にかかる右近藤の所得税を免れようと企て、右近藤の実際の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一億二七二二万二四六五万、総合課税の総所得(不動産所得、給与所得)金額は二三〇万四九五八円で、これに対する所得税額は三五五七万四三〇〇円であるにもかかわらず、前記ワールドが前記同和産業から二億円の借入れをし、その債務について、右近藤が連帯保証人となり、右ワールドが破産したことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で同年一二月二八日に一億一二〇〇万円履行したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、同五九年三月一五日、前記所轄大津税務署において、同署長に対し、右近藤の五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一五二二万二四六五円、総合課税の総所得金額は二三〇万四九五八円(ただし老年者年金特別控除及び老年者控除の適用誤りにより一六六万四〇五八円と記載)で、これに対する所得税額は三二九万一六〇〇円(ただし、老年者年金特別控除及び老年者控除の適用誤りにより三一六万七四〇〇円と記載)である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により右の正規の所得税額三五五七万四三〇〇円との差額三二二八万二七〇〇円を免れ

第五  木村喜久治、前記鈴木元動丸、同村井英雄、同長谷部純夫、同渡守秀治及び惣司定次郎らと共謀の上、右木村の実父木村喜平治が同五九年四月二五日死亡したことに基づく右木村喜久治の相続財産にかかる相続税を免れようと企て、右木村喜久治の相続財産の実際の課税価額が三億〇一八九万二四二九円で、これに対する相続税額は九一八〇万〇七〇〇円であるにもかかわらず、被相続人の右木村喜平治が前記同和産業から二億一〇〇〇万円の債務を負担しており、右木村喜久治において右債務を全額支払ったと仮装するなどした上、同年一〇月二五日、前記所轄大津税務署において、同署長に対し、右木村喜久治の相続財産の課税価額が八七八八万五二三二円で、これに対する相続税額は九〇六万七七〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の申告書を提出し、もって不正の行為により右相続にかかる正規の相続税額九一八〇万〇七〇〇円との差額八二七三万三〇〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書(三通、検一四〇号、一四一号、一四三号)

一  証人村井英雄、同長谷部純夫及び同掛川きみ子の当公判廷における各供述

一  辻村七郎(検七一号)、掛川きみ子(三通、検七八号、七九号、八一号)及び長谷部純夫(検八五号)の検察官に対する各供述調書謄本

一  裁判所の辻村七郎に対する証人尋問調書写(検一八五号)

判示第一事実及び第二事実につき

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

判示第一事実につき

一  被告人の検察官に対する各供述調書(六通、検一八ないし二三号)

一  乗越清一(六通、検四ないし九号)、中川修(五通、検一〇ないし一四号)、鈴木元動丸(検一七一号)及び長谷部純夫(検一七二号)の検察官に対する各供述調書(検一〇ないし一四号以外はいずれも謄本)

一  大蔵事務官作成の脱税額計画書(検一号)、証明書(検二号)及び報告書(検三号)の各謄本

判示第二、第四及び第五の事実につき

一  村井英雄の検察官に対する各供述調書謄本(三通、検一七八ないし一八〇号)

一  大蔵事務官作成の報告書謄本(検五〇号)

判示第二及び第四事実につき

一  被告人の検察官に対する各供述調書(五通、検一六三ないし一六七号)

一  山中隆雄(検二六号)、長谷部純夫(二通、検一一五、一一六号)、鈴木元動丸(検一一七号)及び惣司定次郎(検一七七号)の検察官に対する各供述調書謄本

判示第二事実につき

一  被告人の検察官に対する各供述調書(七通、検五一ないし五七号)

一  山中隆雄(四通、検二七ないし三〇号)、惣司定次郎(一〇通、検三一ないし四〇号)、中村春造(七通、検四一ないし四七号)及び村井英雄(二通、検四八、四九号)の検察官に対する各供述調書謄本

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検二四号)及び証明書(検二五号)の各謄本

判示第三の全事実につき

一  被告人の検察官に対する各供述調書(二通、検一四二号、一四四号)

一  篠田浩(二通、検六二号、六三号)、鉢呂靖彦(四通、検六四ないし六七号)、辻村七郎(三通、検六八ないし七〇号)木村トミ子(検七二号)、田中隆(検七三号)掛川榮一(検七五号)、掛川きみ子(五通、検七六号、七七号、八〇号、八二号、八三号)、村井英雄(検査八四号)及び鈴木元動丸(検八六号)に対する各供述調書(検七二号、七三号以外はいずれも謄本)

一  五木田次男の大蔵事務官に対する供述調書謄本(検七四号)

判示第三の一の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検五八号)、証明書(検五九号)及び報告書(検八七号)の各謄本

判示第三の二の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検六〇号)、証明書(検六一号)及び報告書(検八八号)の各謄本

判示第四及び第五事実につき

一  惣司定次郎の検察官に対する供述調書謄本(検一七六号)

判示第四事実につき

一  被告人の検察官に対する各供述調書(一一通、検一四五ないし一五四号、一六二号)

一  法澤剛雄(検九一号)、佐藤潔(二通、検九二号、九三号)、近藤正夫(三通、検九四ないし九六号)、近藤傳治郎(五通、検九七ないし一〇一号)、山中隆雄(三通、検一〇二号、一〇四号、一〇五号)、惣司定次郎(七通、検一〇六ないし一一二号)、村井英雄(二通、検一一三号、一一四号)及び田代和子(二通、検一七三号、一七四号)の検察官に対する各供述調書謄本

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検八九号)、証明書(検九〇号)及び報告書(検一八六号)の各謄本

判示第五事実につき

一  被告人の検察官に対する各供述調書(一〇通、検一五五ないし一六一号、一六八ないし一七〇号)

一  木村十重(検一二一号)、谷澤喜子(検一二二号)、久保愛子(検一二三号)、片岡由紀子(検一二四号)、船橋克典(検一二五号)、惣司定次郎(六通、検一二六号ないし一三〇号、一七五号)、木村保子(二通、検一三一号、一三二号)、木村喜久治(五通、検一三三ないし一三七号)、長谷部純夫(二通、検一三九号、一八四号)及び鈴木元動丸(検一八三号)の検察官に対する各供述調書謄本

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検一一八号)及び証明書(検一一九号)の各謄本

一  大津市長作成の戸籍謄本(検一二〇号)

(補足説明)

被告人は、当公判廷において、全日本同和会京都府・市連合会事務局長長谷部純夫らから「同会を通して納税申告を行った場合、カンパ金を含めて正規税額の半分位で済ませられる。これは、同和特別措置法に基づいて税務当局が同会を優遇しているからで、絶対に脱税ではない。」旨聞かされており、その言葉を信じきっていたため、自己のやっていることが犯罪を構成するなど夢にも思わなかった。また、自分は、納税申告手続そのものには、直接タッチしていなかったので、同会が税務署に対し、架空債務を計上するという虚偽の申告を行い、税額を低減させていると初めて知ったのは、判示第四の事実に関し、近藤方を訪れる直前、長谷部からその旨説明されたときで、右説明を受けたのちも、先の言葉を信じきっていたため、税務当局了承のもと右のような便法をとっているのかと思う程度で別に不審を抱かなかった。また、長谷部らと共謀して本件各犯行を行ったつもりもない旨各主張して、共謀の事実、犯意及び違法性の認識を争い、弁護人らも同様これらを争うので、以下当裁判所の判断を簡単に説明する。

しかしながら、被告人は、捜査段階においては、昭和五七年一二月ごろには、保証債務等を仮装しそれが求償不能に陥ったなどと申告して税金を免れる旨、全日本同和会京都府・市連合会事務局長長谷部純夫から説明を受けていたと自供しているものであって、前掲各証拠によれば、被告人は、昭和五六年六月ころ、当時事務所に出入りしていた村井英雄から右長谷部純夫、同事務局次長渡守秀治を紹介され、その両名から、「先生は職業上不動産の譲渡、相続等にかかわることが多いと思うので、税金に困っている人がいたら是非当会に紹介してもらいたい。当会では、五〇パーセント位の税金で何もかも済ませることが出来るので節税になるのですよ。」と納税者の紹介を依頼されたこと、その際、被告人は脱税ではないかとの疑問を抱き、長谷部らに「なぜそのように税金が安くなるのか」と問いただしたが、同人らは、「当会は、自民党系で税務署と話し合いが出来ているためだ。」と答えるのみで、申告手続の具体的内容については説明しようとしなかったこと、しかし、その後、被告人が、納税者を右連合会に行かせるなど、同会に協力したためか、判示第三の掛川の件に関与する直前ころ、右長谷部が被告人に対し、「譲渡所得の場合、所得税法六四条二項の規定を利用し、他の債務者のため保証債務を負い、当該財産を譲渡して右保証債務を履行したが、主債務者が、倒産したため右求償が出来なくなったように装うのだ。」と説明したこと、その直後被告人は掛川きみ子に対し、長谷部から受けた右説明通りの話をしていること、被告人は、本件各犯行において申告手続それ自体には直接関わっていないものの、納税者を前記連合会に紹介し、両者の連絡役として書類の授受等行い、納税者からの質問にも答えて申告手続の具体的内容を説明するなどして、同会からカンパ金の一部をその報酬として受け取っていたことが各認められる。

以上の事実に照らせば、被告人は、捜査段階で、検察官に自供しているとおり、本件各犯行中時期的に最初の掛川きみ子の件に関わった時点で既に、前記連合会が仮装債務を計上した虚偽の申告を行い、税額を低減させていることを承知していたものであって、結局、被告人は、前記連合会の行っていることが不正な方法により税を免れるものであることを承知しながら同会の行う右脱税行為に加担していたもので、しかも、右にみた被告人の関与に至る経過、関与態様等考え合わすと判示のように被告人が同会幹部らと共謀の上、本件各犯行を行っていたことは明らかである。

被告人は、これについては、同和特別措置法に基づく便法として税務署が右のような取扱いを認めていると考えいてた旨弁解しているが、そもそも架空債務の計上を法律が承認するはずはなく、司法書士として法律事務にたずさわる被告人が、真実右のように信じていたとは到底考えられないばかりか、前認定の各事実に加えるに、右掛川きみ子の件に関して、同人の納めるべき正規税額を知悉しながら、被告人が同和会の人を紹介すれば半分位でやってもらえる旨掛川きみ子に話していること、同人を右長谷部に紹介した際、長谷部は被告人の同席しているところで、掛川きみ子に対し、この件は二〇〇〇万円で引き受ける、二〇〇〇万円の使途につき口出ししてもらっては困る旨申し向けていること、更に被告人は掛川きみ子に対してこの件を他に口外しないように頼んでいること(以上、いずれも掛川きみ子の検察官に対する各供述調書謄本、検七八号、七九号、八一号)に照らしても、右弁解は措信できない。

なお、被告人は、前述のように長谷部から仮装債務云々の説明を受けたのは、近藤の件で同人方を訪れる直前であった旨弁明してる。しかし、仮装債務等による不正な方法であることを知った時点については前認定のとおりであるが、その点を更に説明すると、右長谷部は、捜査、公判廷を通じ一貫して「掛川の件のときには既に、架空債務を作って申告している旨被告人に説明していた。」と供述しており、また、掛川きみ子も、検察官に対する供述調書(謄本、検七八号)において、「被告人から、同和会は債務を保証し、それを支払ったことにして申告するから、税金が安くなるのだと説明を受けた。」旨明確に述べており、とりわけ、右掛川の検察官に対する供述調書(謄本)は、同人自身に対する所得税法違反の取調べの際作成されたもので、右内容は、同人の犯意ともかかわる重要なことであるから、同人もその旨十分認識して、右供述をなしたものと考えられること、同人が当公判廷において「三年も前のことなので記憶が定かではないが、当時、被告人から保証債務云々の説明を受けたように思う。」と供述し、同調書作成の際の検察官の取調べについても、「うそを書かれたところはなく、取調べに対しこれといった不満はなかった。」と供述していること、更には、同人が被告人のもとを訪れた再同行した辻村七郎も、「被告人から債務がどうのこうのという説明があった。」と述べていること(辻村七郎の検察官に対する供述調書謄本、検七一号)等考え合わすと誠に信用性の高いものである。

そうすると、掛川の件の当時、被告人が長谷部から仮装債務についての説明を受けていたことは明らかで、結局、被告人の前記弁解は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一、第二、第三の一及び第四の各所為は、刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項に、判示第三の二の所為は、刑法六五条一項、六〇条、所得税法二四四条一項、二三八条一項に(なお、納税義務者から納税事務処理を委任された者が脱税をした場合、たとえ納税義務者が事業主がなくとも、右受任者が「人の代理人」として右行為に及んだ以上、所得税法二四四条一項に該当することは明らかである。)、判示第五の所為は、刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項に各該当するところ、各所定刑中いずれも懲役及び罰金の併科刑を選択し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第五の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条二項により判示第一ないし第五の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金一〇〇〇万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二万五〇〇〇円を一日に概算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

本件は、司法書士である被告人が、全日本同和会京都府・市連合会の行う脱税行為に加担し多数の納税者に脱税をさせ、その報酬として多額の不正利益を得たという事案であって、右脱税行為によるほ脱総額は、二億七二〇〇万円を超える巨額に及び、各脱税行為におけるほ脱率も九〇パーセント前後と高率であること、被告人は、司法書士として特に法を遵守すべき職責を有するにもかかわらず、仮装債務の作出という脱税手段についても知悉したうえ、不正の利益を得るため敢えて本件犯行に及んだものであること、本件各犯行に関与した程度も決して浅いものではなく、本件各犯行によって利得した額も多額であること、そもそも納税義務は国民に課せられた重要な義務であるところ、本件の如き、司法書士の関与した大規模ほ脱事件が社会に与えた影響の大きいこと等を考え合わすと、その刑事責任は誠に重く、長期にわたり全日本同和会等の行う脱税を見過ごしてきた疑いの極めて濃厚な税務当局の対応も本件を助長したと見られる余地がないわけでもないこと、被告人には、業務上過失傷害罪による罰金刑以外に前科前歴がなく、今回のことを深く反省して自己の不正利得分につき納税者に対し一部を返還し、又はその約束をして和解し、又は返還すべく努力していること、本件により相応の社会的制裁を受け、とりわけ、本件により司法書士の資格を喪失すること等弁護人が指摘し、あるいは記録上認められる被告人に有利な事情を十分參酌してもなお、主文のとおり被告人を実刑に処することは巳むを得ない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 萩原昌三郎 裁判官 氷室眞 裁判官 和田真)

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